言葉のキャッチボールで傷つけ合うホモサピエンスたちへ

皆さんにとって、会話は自分にとって使いやすいコミュニケーションツールだと思います。
さて、言葉のキャッチボール――ここで言うのは単なる会話のことなのですが――で、傷ついた経験をしたことがあると思います。
先日、私はある人、Aくんから「その言い方、傷つく」と言われました。
そして私も以前、Aくんからの一言で、傷ついたことがありました。その一件があり、やり返そうと思っていたわけではありません。私にとってはスタンダードな言い方だったんです。
悪意がなくても、お互いに勝手に傷ついたりしてしまう。
何なんでしょうね。これって。
以前、Aくんに言われたのが、「あなたは僕が3で言ったことを7で受け取る」。
つまり、Aくんは「3」の強さで言ったのに、私は「7」の強さで受け取って、勝手に傷ついてしまった、ということです。そして、逆に「なんで、そんな受け取り方するの?」とイラっとされました。
でも私はAくんではないから、いくらAくんが「3」だと言い張っても、「3」ではないわけです。
私はあまり意識していないんですけど、男性にほんの少し苦手意識を持っているようなんです。特に、男性にある一定以上の大きな声で勢いよく話されると、過去のトラウマが頭をもたげ(フラッシュバックというやつですね)、体が勝手に硬直してしまうと、恐怖感を覚えることも。
私に近しい男性だと、それを知っているので、声の大きさなどは気をつけてもらうようにしています。厄介なのは、それを知らない男性たちで、さらに自分では大声を出しているつもりのない方々です。
何を言いたいか、というと、ごく一般的な雑談とはいえ、声色で相手をビックリさせてしまったり傷つけたりすることがある、という、まあ、当たり前のことなんですけどね。
「出会って間もない人は、知らないことだらけじゃないですか。何に傷つくなんて分からないですよ」
というご意見もあるかと思います。はい。私もそう思います。
一番いいのは、傷ついたときに、正直に「傷ついた」と言い合える状態にあることかもしれません。
確かに予想外の反応って、誰でもあると思うんです。
何か言ったあとに、明らかに傷ついたような表情を相手がしていたり。その逆もしかり。
特に、新しいコミュニティに入ったときに、起こりやすいことです。
手っ取り早いのが、他人との距離の取り方を決めてしまうことです。心が安全でいられる自分の範囲と他人の範囲の間を線引きするんです。
この線引き、心理学用語では「バウンダリー」と言います。
これをちゃんと引いてみると、傷つくことが減っていきます。
そんなに知らない人なのに、すぐに信用してしまったり、仲良しだと思ってしまう方は、傷つく頻度が多くて、心が疲れやすいでしょう。
「初対面の人と話すと疲れる」なんて方は、一度、バウンダリーについて、自分とお話してみてくださいね。
